横浜地方裁判所 昭和36年(ワ)933号 判決 1965年4月30日
原告 横浜信用金庫
被告 柴谷節子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙<省略>目録記載の不動産について横浜地方法務局小田原支局昭和三四年一月一九日受付第三〇一号を以てなされた所有権移転請求権保全仮登記にもとづく昭和三六年四月一五日代物弁済による所有権移転本登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は昭和三四年一月一七日訴外湯本温泉供給株式会社(以下訴外会社という。)及び被告との間に左記要旨の根抵当権設定取引契約及び停止条件付代物弁済契約を締結し、被告はその所有の別紙目録記載(1) ないし(23)の不動産(以下本件不動産という。)及び外一筆の山林に対し原告のため横浜地方法務局小田原支局昭和三四年一月一九日受付第三〇〇号を以て債権極度額金一六、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権設定登記及び同支局同日受付第三〇一号を以て停止条件付代物弁済契約による所有権移転請求権保全仮登記をした。
記
(一) 原告と訴外会社間の証書貸付、手形貸付、手形割引及びその他継続的取引により訴外会社が現在負担する債務及び将来負担することあるべき一切の債務を担保するため被告はその所有の本件不動産及び外一筆の山林に対し元本極度額金一六、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定する。
(二) 本取引契約の期間は予め定めない。但し原告の都合により五日前の予告を以て解約することができる。この場合各個債務はその契約の如何にかかわらず一斉に弁済期が到来したものとする。
(三) 訴外柴谷正雄、被告は本取引契約にもとづき訴外会社が原告に対し負担する一切の債務につき連帯保証の責に任ずる。
(四) 被告がその債務を履行しないとき又は期限の利益を失つたときは被告は原告の一方的意思表示により本件根抵当物件を以て代物弁済をなしその所有権を原告に移転する。
二、訴外会社は昭和三六年四月六日現在において原告に対し別紙第一債権目録(一)ないし(三)記載のとおり合計金二一、〇〇〇、八一〇円の債務を負担していたので、原告は同日訴外会社及び被告に対し五日間の予告期間を設けて前項記載の根抵当権設定取引契約を解約する旨を通告し、右通告は同月八日右両名に到達した。
三、右解約通知により前項記載の訴外会社の原告に対する債務は昭和三六年四月一三日全部弁済期が到来したにもかかわらず、訴外会社及び被告はこれを支払わないので、原告は第一項記載の停止条件付代物弁済契約にもとづき同月一五日到達の書留内容証明郵便を以て被告に対し別紙第一債権目録(一)記載の債権金四、五六二、八一〇円、同(二)記載の債権のうち金四、三五九、一九〇円、同(三)記載の約束手形金七、〇七八、〇〇〇円以上合計金一六、〇〇〇、〇〇〇円の代物弁済として本件不動産を原告において取得する旨の意思表示をした。
四、よつて、原告は右意思表示により本件不動産の所有権を取得したので、被告に対し第一項記載の所有権移転請求権保全仮登記にもとづく昭和三六年四月一五日代物弁済による所有権移転本登記手続を求めるため、本訴請求に及んだ。
と述べ、被告の主張二に対し
五、原告は昭和三四年一月初め頃訴外会社に対し別紙第一債権目録記載の債権を有し、右債権は同目録(一)及び(三)の(5) ないし(12)の債権を除きいずれも弁済期を経過していたが、訴外会社の代表取締役柴谷正雄は訴外会社の用に供するため原告に対し更に資金の貸付を要請した。当時原告としては訴外会社の事業に対し相当の期待を持つていたが、右の事情から訴外会社に対し直ちにこれ以上の資金の貸付をすることは困難であつたので、被告に対し金二、〇〇〇、〇〇〇円の貸付をすることになり(別紙第二債権目録(三)(四)の手形貸付金参照)上記各貸金、手形貸付金等の支払を確保するため同年一月一七日
(一) 原告と被告及び柴谷正雄間に左記要旨の根抵当権設定取引契約及び停止条件付代物弁済契約が締結され
記
(イ) 原告と被告間の証書貸付、手形貸付、手形割引及びその他継続的取引により被告が現在負担する債務及び将来負担することあるべき一切の債務を担保するため被告はその所有の本件不動産及び外一筆の山林に対し元本極度額金二、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定する。(但し元本極度額は同年一月三一日金三、〇〇〇、〇〇〇円に増額された。)
(ロ) 本取引契約の期間は予め定めない。但し原告の都合により五日前の予告を以て解約することができる。この場合各個債務はその契約の如何にかかわらず一斉に弁済期が到来したものとする。
(ハ) 柴谷正雄は本取引契約にもとづき被告が原告に対して負担する一切の債務につき連帯保証の責に任ずる。
(ニ) 被告がその債務を履行しないとき又は期限の利益を失つたときは被告は原告の一方的意思表示により本件根抵当物件を以て代物弁済をなしその所有権を原告に移転する。
(二) また原告と訴外会社、柴谷正雄及び被告間に第一項記載の根抵当権設定取引契約及び停止条件付代物弁済契約が締結された。
ところで第一項記載の停止条件付代物弁済契約が締結された当時本件不動産の価格は約金二〇、〇〇〇、〇〇〇円程度であつたが、本件不動産に対しては既に昭和二九年一二月一五日訴外日本麦酒株式会社(以下日本麦酒という。)のため処分禁止の仮処分決定(当裁判所昭和二九年(ヨ)第九三一号)がなされ、その本案訴訟として日本麦酒を原告とし、訴外シマ企業株式会社(代表取締役柴谷正雄)及び本件被告を共同被告とする詐害行為取消訴訟(当裁判所昭和三〇年(ワ)第三五八号)が係属し、同訴訟において日本麦酒は訴外シマ企業株式会社と本件被告間の本件不動産の譲渡契約の取消を求め、かつ訴外シマ企業株式会社と本件被告の両名に対し昭和二九年三月二七日横浜地方法務局小田原支局受付第一五五五号を以て本件被告のためなされた所有権取得登記の抹消登記手続を求めていたのである。しかしてかかる状況のもとにおいて原告は被告側の要請を容れて追加貸付をなすに際し第一項記載の停止条件付代物弁済契約を締結したのであるから、右契約により原告の取得した本件不動産に対する権利は前記本案訴訟の結果いかんによつては消滅すべきものであつた。従つて、第一項記載の停止条件付代物弁済契約成立当時の本件不動産の価格が仮に被告主張の如く金五六、〇〇〇、〇〇〇円であつたとしても、右契約が暴利行為又は公序良俗違反行為に該当しないことは多言を要しない。
次に昭和三五年秋頃において原告の訴外会社に対する債権元本額は別紙第一債権目録(一)ないし(三)記載の如く合計金二一、〇〇〇、八一〇円であり、その外に原告が訴外会社の用に供するため昭和三四年九月末頃迄に貸付をした別紙第二債権目録記載の債権合計金八、九五〇、〇〇〇円(但し同目録(三)(四)の債権を除外した金額)も少しも弁済されず、又原告は別に柴谷正雄及び被告に対し別紙第二債権目録(三)及び(四)記載の合計金二、〇〇〇、〇〇〇円の債権並びに別紙第三債権目録記載の金一、〇五八、三五二円の債権を有していて総額金三三、〇〇九、一六二円に達するこれらの債権をそのまま放置することは到底許されない状況となつたので、原告は屡々訴外会社代表者柴谷正雄に対しその弁済を催告したが、同人は昭和三六年三月に至る迄言を左右にしてこれに応じないばかりか、前記日本麦酒との係争事件も未解決のまま放置していたので、原告が本件不動産に対し設定された根抵当権の実行により被担保債権を回収し得る保証は全くなかつた。従つて原告としては先づ日本麦酒の有する権利を消滅させた上代物弁済として本件不動産を取得する以外に方策はなかつたので、原告は昭和三六年三月二八日日本麦酒に対し金五、五〇〇、〇〇〇円を支払つて日本麦酒が当時シマ企業株式会社に対し有していた売掛代金債権金六、一七一、二二〇円の譲渡を受けて前記仮処分の取消及び前記本案訴訟の取下を求め、次で第三項記載の代物弁済の意思表示により前記被担保債権の外に担保外の債権及び日本麦酒に対し支払つた金五、五〇〇、〇〇〇円の回収を図つたものである。従つて原告が本件不動産につき代物弁済の意思表示をした昭和三六年四月当時の本件不動産の価格が仮に金一一〇、〇〇〇、〇〇〇円であつたとしても、右代物弁済が暴利行為又は公序良俗違反にあたらないことは勿論である。
と述べ、被告の主張三に対し
六、原告が昭和三七年五月一日訴外芹沢兵衛に対し本件不動産を売買により譲渡し、同月四日桜観光から訴外芹沢に所有権移転登記がなされたことは認める。前記第四項記載の如く本件不動産は原告の所有に帰したのにかかわらず、被告は原告の要求を無視して本件不動産について原告のため所有権移転の本登記をしないばかりでなく、却て訴外蔵王商事株式会社(以下蔵王商事という。)のため横浜地方法務局小田原支局昭和三六年六月二六日受付第五六九三号を以て本件不動産について所有権移転請求権保全仮登記をなし、次で訴外桜観光株式会社(以下桜観光という。)に対し同支局昭和三六年一〇月一三日受付第九一六八号を以て本件不動産について所有権移転登記をした。そこで原告は当初被告、蔵王商事及び桜観光を共同被告として本件訴訟を提起し、蔵王商事及び桜観光に対しては被告が原告に対しなすべき所有権移転本登記手続について承諾することを求めていたところ、訴外芹沢兵衛が本件不動産の買受を希望してきたので、原告は昭和三七年五月一日本件不動産を訴外芹沢に譲渡したが、その際原告、桜観光及び訴外芹沢間の合意により取敢えず本件不動産の登記簿上の所有名義を桜観光から訴外芹沢に移転することにするが、後日原告としては被告から前記所有権移転本登記を受けた上、訴外芹沢に所有権移転登記をすることにより訴外芹沢の権利を確保することにした。従つて、原告は原告と訴外芹沢間の本件不動産の譲渡契約において被告に対する前記所有権移転本登記請求権を放棄していないことは勿論であつて被告に対しその義務の履行を求め得ることは当然である。なお、原告は蔵王商事及び桜観光と示談し、同人等に対する本件訴訟を取下げた。
と述べた。
証拠<省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
一、原告主張の一の事実中原告主張の日原告と訴外会社及び被告との間に根抵当権設定取引契約及び停止条件付代物弁済契約が成立したこと及び本件不動産について代物弁済による所有権移転請求権保全仮登記がなされたことは認めるが、右契約内容、効力及び右登記内容(代物弁済価額)はこれを争う。同二の事実中原告主張の解約通告が被告に到達したことは認めるがその他は不知、同三の事実中原告主張の内容証明郵便が被告に到達したことは認めるが、その他は否認する。同四の主張は争う。
二、原告は本件不動産を代物弁済により取得していない。
(一) 原告と訴外会社及び被告間に昭和三四年一月一七日成立した根抵当権設定取引契約第二条は「本契約の期間は予めこれを定めない。但し甲(原告)の都合により五日前の予告を以て解約することが出来る。」と規定し、同第四条は「第二条により解約した場合各個債務はその契約の如何に拘らず一斉に弁済期が到来したものとする。」とあるが、原告の一方的都合で五日間の予告を以て何時でも解約でき、しかも同解約により各個債務が一斉に期限到来とみなされ、しかもそれによつて直ちに代物弁済を実行されるが如きことは被告にとつて余りに酷というべく、従つて、右第二条、第四条の契約条項は公序良俗に反し無効であるか若しくは権利濫用であるといわねばならない。
(二) 前記根抵当権設定取引契約第一六条は「丙(被告)が債務不履行又は第一四条により期限の利益を失つたときは、甲(原告)の一方的意思表示により根抵当物件を以つて代物弁済をなし……」とあり、第二条により期限の利益を失つた場合との規定は存しない。しかして右第一六条は第二条により一斉に弁済期が到来したものとみなされた場合を包含せず、この場合第一六条による代物弁済は許されないものというべきである。従つて、第二条を基本とした原告の代物弁済の通告は無効である。
(三) 原告は金一六、〇〇〇、〇〇〇円の債務の代物弁済として本件不動産を取得したというが、右金額は原告が全く一方的に取り決めたものであり、被告はこれに同意したこともなく、またその旨の仮登記に協力したこともない。前記根抵当権設定取引契約第一六条第一項但書に「但し右代物弁済物件の価額は甲(原告)の算定するところに従うものとする。」とあり、これにより原告は被告に計ることなく全く一方的独断を以て価額を取り決め、かつ仮登記をしたものである。かかる取り決め方法は方法自体に問題がある上に、原告が独自に決定した価額が時価に照らし正当なものでない限り、右代物弁済物件の価額の取り決めは無効である。ところで本件不動産の価額は少くとも代物弁済契約が成立した昭和三四年一月一七日当時金五六、二七〇、〇〇〇円余をくだらず、代物弁済を実行した昭和三六年四月一五日当時金一一〇、四〇〇、〇〇〇円余をくだらなかつたものである。このような高価な物件を僅か金一六、〇〇〇、〇〇〇円の債務の代物弁済として取得することは物価統制令第一〇条に違反し無効であるか、若しくは公序良俗違反の暴利行為で無効であり、仮に然らずとするも権利濫用として許されない。
三、仮に以上の主張がすべて理由なしとするも、原告は本件訴訟における共同被告であつた蔵王商事及び桜観光と通謀し昭和三七年五月一日訴外芹沢兵衛に対し本件不動産を売買により譲渡し、これに伴う登記上の処置として同月四日本件不動産について桜観光名義から芹沢兵衛名義に所有権移転登記をした。原告は代物弁済により被告から取得したと称する本件不動産を右の如く既に他に譲渡し登記簿上も右譲渡に相応して譲受人芹沢名義に所有権移転登記がなされたのである。従つて、原告は既に本件不動産について被告に対し有すると称する所有権移転本登記請求権を他に譲渡しこれを有していないから、本訴請求は失当である。
と述べた。
証拠<省略>
理由
昭和三四年一月一七日原告と訴外会社及び被告間に根抵当権設定取引契約及び停止条件付代物弁済契約が締結されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば右根抵当権設定取引契約において被告は原告と訴外会社間の証書貸付、手形貸付、手形割引及びその他継続的取引により訴外会社が現在負担する債務及び将来負担することあるべき一切の債務を担保するため被告所有の本件不動産及び外一筆の山林に対し元本極度額金一六、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定し、かつ右一切の債務につき連帯保証の責に任ずることを承諾したもので、右根抵当権設定取引契約第二条は「本契約の期間は定めない。但し甲(原告)の都合により五日前の予告を以つて解約することができる。」と定め、同第四条は「第二条により解約した場合各個債務はその契約の如何に拘らず一斉に弁済期が到来したものとする。」と規定し、同第一四条は「乙(訴外会社)及び丙(被告)は、左の各号の一に該当する場合、甲(原告)の通知催告を要せず直に期限の利益を失い全債務を完済しなければならない。一、期日に債務の弁済を為さず又は利息の支払を怠つたとき。二、他の債務のため根抵当物件、その他乙(訴外会社)及び丙(被告)の財産が仮差押、仮処分、強制執行、競売、破産、和議等の申立を受けたとき。三、会社の整理開始があつたとき、又は会社更生法の適用を受けたとき。四、根抵当物件の保全に必要な行為をなさず、公租公課を滞納したとき。五、当金庫の会員としての義務を履行しないとき、又は会員たる資格を喪失したるとき。六、本契約条項の一つでも違背したとき。と規定し、更に同第一六条は「丙(被告)は債務不履行又は第一四条により期限の利益を失つたときは、甲(原告)の一方的意思表示により根抵当物件を以つて代物弁済をなし、その所有権を甲(原告)に移転するものとする。但し右代物弁済物件の価格は甲(原告)の算定する処に従うものとする。二、丙(被告)は根抵当権設定と同時に所有権移転請求権保全の仮登記を了し、且つ所有権移転本登記に必要な一切の書類を甲(原告)に交付し、その自由行使を承認する。右交付書類中新な必要又は欠缺を生じたときは、甲(原告)の要求に応じ直ちにこの補充をなすものとする。三、本代物弁済を受くると否とは甲(原告)の選択によるものとし、甲(原告)は何等通知催告を要せず任意に本代物弁済契約を解除し他の方法による弁済を受けることが出来る。」と規定していることが認められ、右認定の妨げとなる証拠はない。
しかして成立に争いのない甲第七号証の一ないし二三によれば、本件不動産に対し被告から原告のため横浜地方法務局小田原支局昭和三四年一月一九日受付第三〇〇号を以て債権元本極度額金一六、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権設定登記が、同支局同日受付第三〇一号を以て停止条件付代物弁済契約による所有権移転請求権保全仮登記がなされていることが明らかである。(但し右仮登記のなされていることは被告の認めるところである。)ところで前叙認定によれば前記第一六条の規定する停止条件付代物弁済契約は根抵当権設定契約に附加して締結されたものであるから、特段の事情の認められない本件においては右停止条件付代物弁済契約は代物弁済の予約と解すべく、債権者である原告はその自由な選択により根抵当権を実行するか又は代物弁済の予約完結権を行使することができるものと解すべきである。
次に成立に争いのない甲第三、第四号証、第五号証の一ないし一二、証人高橋一夫の証言を綜合すれば訴外会社は昭和三五年秋頃既に原告に対し前記根抵当権設定取引契約及び停止条件付代物弁済契約にもとづき別紙第一債権目録記載の債務合計金二一〇〇〇、八一〇円を負担していたことが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。
成立に争いのない甲第二号証の一ないし四によれば原告は昭和三六年四月六日付取引契約解約通知書と題する書面を以て訴外会社及び被告に対しそれぞれ前記根抵当権設定取引契約第二条に従い書面到達後五日を経過した日を以て右取引契約を解約する旨の意思表示を発し、右書面は同月八日訴外会社及び被告に到達したことが明らかである。(但し右書面が被告に到達した事実は被告の認めるところである。)そうすると前記根抵当権設定取引契約は同月一三日の経過とともに解約により終了したものというべく、従つて、別紙第一債権目録記載の債権中当時未だ弁済期の到来していない(一)の債権も前記根抵当権設定取引契約第四条の定めるところにより一斉に弁済期が到来したこととなり、被告は前記根抵当権設定取引契約終了後は別紙第一債権目録記載の債務について履行遅滞の責任を負担するに至つたものというべきである。ところで前記根抵当権設定取引契約第一六条は被告に債務不履行があるときは原告はその一方的意思表示により根抵当物件である本件不動産を代物弁済として取得することができることを規定しているから、原告は本件不動産を代物弁済として取得するため代物弁済の予約完結権を行使することができるものというべく、成立に争いのない甲第六号証の一及び三によれば原告は右第一六条の規定に従い昭和三六年四月一五日到達の書留内容証明郵便を以て被告に対し別紙第一債権目録(一)記載の債権金四、五六二、八一〇円、同目録(二)記載の債権のうち金四、三五九、一九〇円、同目録(三)記載の約束手形金合計金七、〇七八、〇〇〇円以上合計金一六、〇〇〇、〇〇〇円の代物弁済として本件不動産を原告において取得する旨の意思表示をしたことが明らかであるから(但し右書留内容証明郵便到達の事実は被告の認めるところである。)原告は被告に対し本件不動産について代物弁済の予約完結権を行使したものというべきである。
そこで右代物弁済の効力について判断する。
被告は前記根抵当権設定取引契約第二条、第四条によれば前記根抵当権設定取引契約は原告の一方的都合で五日間の予告期間を以て何時でも解約でき、しかも右解約により各個債務が一斉に期限到来とみなされ、しかもそれによつて直ちに代物弁済を実行されるが如きことは被告にとつて余りに酷であるから、右第二条、第四条の契約条項は公序良俗に反し無効であるか若しくは権利濫用であると主張するが、前記根抵当権設定取引契約の如く、金融機関が相手方の求めにより証書貸付、手形貸付、手形割引などの方法により継続的に金銭の融通をなすことを約するいわゆる与信契約は当事者間の信頼関係を基礎とするものであるから、与信者において受信者の資力、信用状態等の悪化により契約の存続に不安を抱くに至ることがあるべく、また自己の資金繰りの都合上融資の継続を困難とするような事情も生ずることがあるから、これらの場合を考慮し、あらかじめ受信者との特約により自己の都合にもとづき一方的に契約を終了せしめ得る解約権を留保し債権回収のための措置を講ずるようにしておくことは与信者として当然の措置であつて、かかる特約をすることは法律上なんら妨げないものというべく、従つて、原、被告が前記根抵当権設定取引契約を締結するにあたり前記第二条、第四条の如き条項を特約したからといつて、この特約を目して公序良俗に反し無効若しくは権利濫用となすことはできない。もつとも解約権の行使も信義誠実の原則の支配を受けることは当然であるから、解約権の行使が恣意的になされ信義則に反するものと認められるときは無効と解するの外はないが、本件に現われた全証拠資料を検討するも、原告のなした前記解約権の行使が信義則に反していると認めるべき事情は存在しない。よつて、被告の前記主張は理由がない。被告は、更に、前記根抵当権設定取引契約第一六条は債務不履行又は第一四条により期限の利益を失つたときに代物弁済の意思表示をなし得る旨規定し、第二条により期限の利益を失つた場合を除外しているから、この場合には代物弁済の意思表示をすることはできない。従つて、原告のなした代物弁済の予約完結権の行使は無効であると主張するが、右第一六条は第一四条により期限の利益を失つた場合に限らず一般的に債務不履行の存する場合にも代物弁済の予約完結権の行使をなし得る旨規定しているものであるから、被告が第二条により期限の利益を失つたのにかかわらず債務の履行をしない場合にも、原告は代物弁済の予約完結権を行使することができるものというべく、従つて、被告の右主張もまた理由がない。
次に被告は、原告は金一六、〇〇〇、〇〇〇円の債務の代物弁済として本件不動産について代物弁済の予約完結権を行使したが、右金額は原告が全く一方的に取り決めたものであり、被告はこれに同意したこともなく、またその旨の仮登記に協力したこともない。前記根抵当権設定取引契約第一六条第一項但書に「但し右代物弁済物件の価額は甲(原告)の算定するところに従うものとする。」とあり、これにより原告は全く一方的にその価額を取り決め、かつ仮登記をしたものである。かかる取り決め方法は、方法自体に問題がある上に原告が独自に決定した価額が時価に照らし正当なものでない限り、右代物弁済物件の価額の取り決めは無効である。ところで本件不動産の価額は代物弁済予約の成立した昭和三四年一月一七日当時金五六、二七〇、〇〇〇円余であり、代物弁済の予約完結の意思表示をした昭和三六年一月一七日当時金一一〇、四〇〇、〇〇〇円余である。このような高価な物件を僅か金一六、〇〇〇、〇〇〇円の債務の代物弁済として取得することは物価統制令第一〇条に違反し無効であるか、若しくは公序良俗違反の暴利行為で無効であり、仮に然らずとするも権利濫用として許されないと主張するを以て判断するに、既に認定したとおり、前記根抵当権設定取引契約及び停止条件付代物弁済契約が締結された昭和三四年一月一七日当時訴外会社は既に原告に対し別紙第一債権目録記載の合計金二一、〇〇〇、八一〇円の債務を負担しており、鑑定人石川市太郎の鑑定の結果によれば本件不動産の当時の価格は金五六、二七五、二二〇円であることが認められ、債務額に比し約二・五倍強の高額であるが、前記停止条件付代物弁済契約が、債務者である被告の経済的窮迫、無智、無経験に乗じて締結されたとか、又は当初より債務の弁済を受ける意思はなくもつぱら本件不動産を取得する目的を以て締結されたというような事情の認められない本件においては、債務額と本件不動産の時価額との間に右の程度の開きがあるというだけでは右契約が公序良俗に反するとか暴利行為であるということはできない。しかし前記鑑定の結果によれば原告が代物弁済の予約完結の意思表示をした昭和三六年四月一五日当時の本件不動産の価格は約金一一〇、四〇〇、〇〇〇円であることが認められるところ、原告は本件不動産を金一六、〇〇〇、〇〇〇円の債務の代物弁済として取得する旨の予約完結の意思表示をしたのであるから、債務額の約七倍弱の価格の不動産を代物弁済として取得することとなる。かように代物弁済の予約成立後において価格の騰貴により債務額に比し著しく高価となつた不動産を代物弁済として取得する旨代物弁済の予約完結の意思表示をすることは特別の事情のない限り暴利行為であり、公序良俗に反し無効であるというべきである。もつとも既に説明した如く、原、被告間においては、代物弁済物件である本件不動産の価額は債権者である原告が一方的に算定する旨の特約があるので、原告は右特約にもとづき本件不動産の価額を金一六、〇〇〇、〇〇〇円と評価し、前記根抵当権設定取引契約にもとづく現存債務額は金二一、〇〇〇、八一〇円であるにかかわらず内金一六、〇〇〇、〇〇〇円の償務の弁済に代えて本件不動産を取得するため前記予約完結の意思表示をしたものと認められる。しかし代物弁済物件の価額の算定が特約により債権者の評価に委ねられていたとしても、その評価が恣意的に流れ客観的妥当性を欠くに至ることの許されないことは当然の筋合であるから、原告が本件不動産全部の価額を時価の約七分の一に評価したことは評価権の濫用というべく、右評価の効力を認めることはできない。
原告は昭和三六年四月当時の本件不動産の価格が金一一〇、〇〇〇、〇〇〇円であつたとしても、原告主張のような事由により本件不動産についてなされた代物弁済は暴利行為又は公序良俗違反にあたらないと主張するが、仮に原告主張のような事情があつたとしても、未だ前記認定を妨げるような特別事情があるものということはできないから、原告の右主張は理由がない。そうすると、原告が本件不動産についてなした代物弁済の予約完結の意思表示は無効であるから、原告は右意思表示により本件不動産の所有権を取得するに由なく、従つて、その所有権を取得したことを前提とする原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、失当としてこれを棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり、判決する。
(裁判官 久利馨)